旧東海道の始点である日本橋と人形町界隈の観光名所や楽しみ方につきまして説明いたします。位置的には、東京駅からも近く、江戸情緒の漂う町並みと金融の町でもあります。
この地域は、江戸時代は海辺の湿地帯でした。徳川家康が江戸に居を構えた頃から人工的に埋め立てて商業の町を造成しました。京都に習いまして町並みは碁盤の目のような街区にしまして、物資の輸送のために掘も作られ、その堀に、日本橋や神田橋がかけられました。日本橋といわれる所以は、この頃にかけられた橋の名称を地名にしたものです。日本橋から新橋にいたる大通りは、江戸時代の東海道ですが、現在も幹線道路となっており交通量も多い通りです。現在の日本橋は高速道路が上を通りまして、目立たない位置にありますが、しっかりと面影を残しています。
日本橋でのランドマーク的な店舗が「日本橋三越店」と「日本橋高島屋」です。日本橋三越は明治37年創業の由緒ある百貨店です。こちらの店は、他の三越店とは違う重厚さと格式を感じる店舗です。また、日本橋高島屋も老舗の店舗ですが、最近リニュアルしまして、ファションフロアーにショコラバーを併設するなど、斬新的な試みがなされています。
日本橋には、日本橋兜町と呼ばれるエリアがありますが。このエリアは日本の金融の中心地で、「東京証券取引所」がありますが、付近のビルには証券会社がひしめいています。ニュヨークのウォール街などと並ぶ世界でも屈指の金融センターとなっています。1997年に経営破たんした「山一證券」もこの地にありました。「日本銀行本店」も日本橋にありまして、そのすぐ近くには「貨幣博物館」もあり貨幣の歴史を知ることが出来ます。
日本橋には、数々の老舗の店舗が現在も営業しています。海苔の「山本山」、手漉き金封の「榛原」、漆器の「黒江屋」、メガネの「村田眼鏡店」等江戸情緒を漂わせています。日本橋から堀をはさんだ東側が人形町と呼ばれるエリアです。こちらのエリアも徳川家康により埋め立てられまして、近江、堺、京都から商人を呼び寄せて、問屋街を形成しました。また芝居小屋なども建てられまして、明治時代にも継承され、現在は「明治座」として営業されています。また、人形町の東側には、江戸時代からの庶民の信仰の中心だった「水天宮」が建っています。この水天宮は、文政元年(西暦1818年)に、久留米の水天宮から分霊されて建立されました。安産祈願、水難除けの神として知られています。毎月5日には、縁日でにぎわっています。こちらのエリアにも老舗の店舗が店を連ねています。おはじき飴の「天下堂」、人形焼の「重盛永信堂」、焼き鳥の「久助」、いなり寿司の「人形町志乃寿司層本店」など、思わず足が止まりそうな店が並んでいます。
日本橋、人形町は江戸時代の面影を残し、金融センターとしての役割も担っている町ですね。